離婚ブログを書いてわかったこと
離婚の原因は旦那の不倫。その離婚原因により、私の感情には怒りや悲しみといった一定のネガティブマインドに加えて、恨みや報復や復習といった、自分の人生において容易に流し去ることのできない濃く深く黒い感情を存在させてしまったように思う。
離婚した人なら誰しも……結婚というライフイベントに費やしたエネルギーのはるか何倍もの体力と精神力を必要とする離婚という人生の作業のやりきれなさに疲弊を極めた経験を共有できるのではないでしょうか? それは、数ある離婚ブログを横断的に読みあさってみても、離婚原因は違ってもどこか離婚経験者特有の疲弊感を共感できる。離婚なんて、結局そういうものであり、気持ちの整理と人生のリスタートは容易ではないと思うのです。
別居から2年、離婚からもうすぐ1年。離婚ブログを書き進めることで自分自身の気持ちの整理を試みてきた感はある。と同時に、離婚ブログを書いてみたからこそわかった、離婚を後悔して元旦那を憎しみ続けることの疲労感と、それらから解放される為には結局のところ相手の不法行為を許すことがリスタートの切り口となることについて書いてみたい。
――普段、ほとんど離婚相手である元旦那のことは思い出さない。時々どうしているのかなと思うことはある。以前は元旦那のことを考えると、ものすごい怒りと悲しみにかられたけれども、最近はそんなことも感じていなかった。
そんなとき……突然、元旦那の夢をみた。
夢の中で私達は以前のように仲良く話している。離婚相手とは思えないような仲の良さ…ただし、あくまで友達として。
夢の中の私は、「ああ、この人との事は、私の中で完全に過去になっているんだ。だからこそ、今こんなふうに普通にしゃべれるのだな」と感じている。
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ところが、元旦那が急に「再婚することになったんだ」と話したところで、夢の中の私の感情は激変する。 私はまた、夫の浮気が発覚した時のように、しつこく彼をなじってしまう。そんな自分の醜さに傷つきながら、許すどころか際限なく彼を責めるのだ。
夢の中で、不倫という不法行為を許せずに元旦那を憎しみ続けている自分の存在があった。が、それは案外、夢の中だけでとどまることのない私の真実であったりもするだろう。
他の女にあなたを略奪されたところで、私の人生には、ほら…なんの影響もなく毎日を生きているでしょう? なんて、訊かれてもいないことについて積極アピールする一方で、再婚することになったと聞かされれば一気に気持ちが混乱する私……。
元旦那の得た幸せへの憤りと自分自身の寂寥感がごっちゃになって取り乱してしまう私。そうなんだ……「あなたに捨てられても、私はこんななに幸せなんだ」なんて大嘘であることが感情として表出すると、それを必死で覆い隠そうとする自分……
と……、そこで目がさめた。 びっしょりと汗をかいていた……。そして正直、おどろいた。その汗が今の私の心情を物語っているように感じたからだ。
同時に、今の私は自分の感情を勘違いしていたことに気づいた。
なぜなら、最近では元旦那のことを許しかけてさえいる気分だったから。けれど、許す……? これは簡単にできる気持ちの整理ではない。時間薬で忘れるということと許すという感情作業はまったく別の問題だったのだ。つまり私は、離婚相手が不倫という自分にした行為を許すということと忘れることを混同していたのかもしれない……
そう言えば、父が時折口にする、元旦那のことを「一生許さない」といった類の言葉を聞いて「お父さん、意外としつこいんだな」とさえ思うこともあった。
でも、私は離婚相手を全然許していないのだ。この離婚ブログをあらためて読み直してみても、綺麗事を書き立てながらも実は心の中で元旦那への憎悪にも似た感情をメラメラと煮えたぎらせていた自分に気づくからだ。
夢の中の私の振る舞い。自分の幸せをアピールして、彼に復讐してやりたい。でも彼の幸せは絶対許せない。それが、元旦那に対してではなく自分に対して…なんてみじめな感情であろうか……。
夢の中だからこそ、なおさら私の人間らしい醜い感情がそのまま表れていたのだと思う。
人を心から許すということは、すごくすごく難しいことなのだと今更ながら実感した。
はたして、この許すという壮大な感情の整理を、私は後生において成し遂げることができるのだろうか……
離婚した苦渋を忘れるために離婚ブログを書くという作業で、許すということをごまかしていた自分。離婚の後味は、これからの私の人間性を大きく変えてゆくだろう。
もしもこのさき、離婚の気持ちの整理がついたと自覚できるときに同じ夢を見たならば……きっと私は、びっしょりと汗なんてかくまい。
離婚した気持ちを整理するための感情作業とは、人を許し許せる自分の成長なのだと強く強く感じてしまった。
不倫によって私という女を捨てた元旦那を「ゆるす」ことは私が負け犬になってしまうことではないのだ。むしろ、ゆるすことが私の人生再生の鍵となる。
不倫されて捨てられた女。そのリベンジは私の役回りではなく、私を捨てた彼のこれからの人生が何かしらの形で彼に投げかけるのではないだろうか?
もう……捨てられた女の恨みなんて捨ててしまおうと思う。
許す、とはまずはそこから始まるのかもしれない。そしてしあわせになろう! 私。
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